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Prototype History 1
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フォルクスワーゲンの意味は国民車となるのですが、ここ日本で国民車というメーカーがあったらどうなんだろうとふと考えてみたり、、、
今年、初めてお目にする事ができました。
最初に3台製作されたVWのプロトタイプを忠実に再現したV3を。
瞬時にビビッと来る存在感でした!

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時代は1930年、車とは一般労働者の年間平均年収を上回る時代。
この頃、一方でフェルディナンド・ポルシェ博士はポルシェ設計事務所をシュツットガルトに設立。
そして自身で考えたフロントサスペンションシステムの特許を取得。このシステムは試作車から最終モデルに至るまで空冷VWに備わっています。

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事務所設立前はダイムラー社にてメルセデスSSやSSK等を開発。また、メルセデスベンツが採用していた独特の吸気音が鳴り響くと呼ばれるスーパーチャージャーを設計したのもポルシェ博士です。
どんな音か一度聞いてみたいですね♪
この時代のドイツ交通網はかなり遅れていたために自動車保有台数も伴って少なかったとあります。当時のアメリカはドイツの約2倍にあたる人口でしたが、アメリカは革命的なT型Fordのおかげで約46倍もの自動車を保有。

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1933年にヒトラーがドイツ政権を握りアウトバーンの建設を発表。
交通機関を発達させる事と失業率の改善を計った公共事業とされてる反面、ヒトラーは第二次世界大戦を視野に入れていたと。。。そしてこの計画は歴史に残るようなハイペースで進められます。
1942年には想定していたとされる第二次世界大戦が勃発し中止となりますが、当初予定していた道路の1/3が完成し世界初の高速道路が誕生。
因に日本の高速道路建設は30年後です。

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同年にベルリンで開催されたモーターショーでヒトラーは国民社計画を発表。
富裕層を意識した自動車が生産され続け、富の象徴だった自動車に対してヒトラーは貧富の差を見極める道具でしかないとし、国家を支える多くの国民に向けての自動車こそが素敵な生活を約束する事になる文明の利器として一家に一台をスローガンに国民に自動車を普及する事を主張。
そしてヒトラーはポルシェ設計事務所に国民車の設計を依頼し、ポルシェ博士は1934年6月にドイツ自動車工業連盟(RDA)と正式に契約を交わしプロトタイプの製作を始めます。

続く
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Wolfgang Denzel
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オーストリア随一のコーチビルダーWolfgang Denzel氏が製作したパイプフレームシャーシの上にアルミボディー、VWのパワートレインを生かして製作された車輛がデンゼルです。
Hessischの会場に来ていたこちらの一台はフロントの窓が分割されたもの。
なんとなくの法則ですが大抵のモデルの初期モデルは分割式が多いです、それとデンゼルではあまり見慣れないセマフォーが装着されてるあたりから、こちらの一台は本当に初期の一台と思われます。
合計で300台程生産されたとされており、今日では50台あるかないかとされてる希少車です。


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Denzel氏は学生時代にオートバイ作りに取り組み、オリジナルのバイクを製作したりして育ったようです。1930年代中頃からはレースに参戦し勝利しています。この時からBMWと密接な関係が築かれているようです。
のちにVW Type3みたいなBMW700の設計に携わります。

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第二次世界大戦中には車やエンジンの補修に携わり、初めて4気筒の水平対向エンジンに触れたそうです。
それらの経験を生かしオーストリアの首都ウィーンにWD Equipmentを設立し、VWをベースに開発を進め、1952年から1959年までの間に生産されました。初期のモデルはスチール製のボディーでしたが、1950年代半ばにはアルミボディーに切り替わります。
2輪車同様に4輪になってもレースに参戦し、1954年にはレースでポルシェに勝利しデンゼルは数々の賞を獲得し有名になるも最終的にはポルシェに対抗出来ないという結論に..

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当時DenzelはOettinger以上の設計デザインとして有名だった天才とされていたようです。実際に過去のエンジンデータを見てもDenzelは興味深い数字ではないでしょうか。

デンゼルエンジンの変換キットは3つありました。
Super series1281cc 52HP stock cam
Super 1290cc 64HP stock cam
International 1500cc 80HP stock cam

日本では目にすることないモデルですから、気にする事もないわけで、これがなんだかも、どんなんだかも分からないのですが、前回はBBTのBobさんがコンボイで運転してエントリーしていたりとしてる姿等から知る機会を得ていくと、うぉ〜デンゼルだ〜♪に変わっていきます。
そのリアクションに何?何?となる人が少しずつデンゼルの事を知るようになります。
そうなってくるとデンゼルのエンジンが特別なものと知ります。
ポルシェよりも高価だったとされるコーチビルドカー。
特に2シーターのコーチビルドカーの多くはストックのVWエンジンの設定があったにも関わらず、OKRASAやPORSCHE等の高価なエンジンが多く搭載され販売される程ビンテージスピードがマッチします。
そんな極みの一台が2011年以降、日本でも見れる時代になりました。FLAT4が製作した'49のHebmullerです。その意図が見えてくるとアメリカでVW Classic史上初の5冠達成に至るだけのパッションを感じてなりません。
また、今回のヨーロッパで知り合ったアメリカのTomさんも確か数あるうちの一台、オーバルのコンバチだったかな、デンゼルのエンジンを搭載するんだと、現在進行中のプロジェクトを教えてくれました。
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T2a&T2b
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今回、Hessischを目指す途中、大きなVWマークとType2が見えていたのですが、会場周辺に位置するType2のミュージアム?でした。周辺探索中にたまたま通りかかる事ができたので訪問する事が出来ました。

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大きな建物全体に展示されてるのかと思いきや、1Fのみの展示でした。

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少しして気が付いたのですが、その多くは1968年以降のスペシャル・オーダーモデルの展示でした。救急車、消防車、霊柩車等々。
さらに興味深いのがそのどれもが当時のオリジナルの状態を維持した車輛ばかりのように思った事です。

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何気に目撃するのがWestfalia製のトレーラーです。
例えばこちらのトレーラは長尺物運搬用のスペシャルオーダーにセットされるトレーラーなのかと思われる一台。
確か?ピックアップモデルとセット販売されていたような...
隣に目を移すと同じペイント具合のダブルピックのType2がありましたので、恐らくそうではないかと思います。
スペシャル・オーダーに詳しい方にとっては、目の前でオリジナルの状態が確認出来る魅力的な空間なのかもしれません。




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止まっちゃった!
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山梨の帰り道に高速道路で失速して止まっちゃいました。。。
高速道路を走行中に突如失速。ガス欠のような症状に見舞われエンジン停止。
惰性で路肩へと車線変更して停止。
失速した瞬間に、やっぱりガソリン入れ過ぎたかな?と頭をよぎったので、路肩に止めた後にまずは給油口を開けて確認。次にエンジンルームを確認といっても普段から工具は持ち合わせていないので見るだけ。
このタイミングで群馬のGMS,Goクンが止まってる事に気が付いて立ち止まってくれました。少しだけ工具を積み込んで来たと言うのでドライバーをお借りして一応キャブと燃料ラインを確認。
やはり、ガソリンが一杯入り過ぎてしまい上手い事機能出来ずに軽い真空状態になり、吸い出すのが困難になってしまった様でした。
改善策としてフロントフード内にあるキャニスターに繋がるホースを取り外し、ガソリンタンクからガソリンがスムーズに吸い出せる状態にして帰路につきました。
その結果、時折高速走行中に踏み込むと発生していたノッキングが解消され、パワーアップしました!丸三のフロントフード内にあるキャニスターは痛んでる物が多く、新たに製作したらと思う事が多々ありますが、色々と面白そうですね♪


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Mossys Camp
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2ヶ月前にヨーロッパを一緒に過ごした石川県の坊主クンと再会。
石川からだと約8時間かかるとの事でしたので千葉から山梨の約2倍ですね♪
 
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キャンプ場を後にする頃はタイミング良く小雨になっていたので記念に一枚。

坊主クンとは異なるインターから帰路につくので、富士五湖周辺でお別れし、10月のクラシシェスで再会の約束を♪

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